2014/11/29

本棚きた

新しい部屋が段々形になってきた。今日は本棚の取り付け。本だけでダンボール12箱。これでも多分少ないほうだと思うんだけど、とにかく本棚がないと、どうにもこうにも部屋が箱だらけだ。というわけで、朝からIKEAに行ってきた。クリスマスも段々近づいてきてるし、それに週末なので、人でごった返している。日本の実家、狭山の七夕祭り程ではないけれど、それでもぎゅうぎゅうのろのろしか歩けない。
まあ本棚それなりに背が高くて、それぞれの段の高さを調節できればなんでもいいわけで、それほど迷うことなく選んで購入。日本円で6000円でした。

2014/11/27

本が先か本棚が先か

バルセロナに戻ってきて新しい部屋を借りた。といっても昨日入ったばかりなので、資料も楽譜もなんもない。それらを運び込むにも預けてある家の人と都合が合わないと取り出せにいけないので、なんとも歯痒い。

今のうちに本棚を設置しておくべきなのだ。本が来てからだと本を詰め込んだ段ボール箱が邪魔になって棚を作るスペースがなくなる。がしかし、本もないのに本棚を作る気になどならないというのもまた本当なのだ。収納したい本よりも本棚だけ先に出来てしまうと、だらりと口を開けた物欲しそうな空間が机の横を支配することになる。
それはなんだか薄ら寒い。
ただでさえ6階で風通しがよく、バルセロナといえども流石に段々と肌寒くなっているのだ。これ以上自ら寒々しい情景を室内にまで作る必要はあるまい。



2014/11/25

フラフラと。

ソルミゼーションの基本的なルールの解説を記事にしようとして挫折しました。これで3回目。基本ルールはそれほど難しいわけではないのに、文章にしようとすると煩雑になりすぎる。もちろんそれは私の文章力が低いからなのですが・・・
気分を変えて何か他の話題にしようかとも思ったのだけど、まあ実は色々バタバタしてまして、中々腰を落ち着けた文章が書けないのです。ま、普段から腰を落ち着けた文章なんて書いてないですけどね(笑

というわけで多分1週間くらいはオチもない日記中心です。普段よりもさらにダラダラと書いていきます。といっても案外日記って落ち着いてないと書けないんですよね(笑
しばらくは日記以下の雑感をメモ程度に書き付ける感じになりそうです。

2014/11/23

フランクフルト

メッス からバルセロナに移動中。メッスはとてつもなくどこの空港からも遠い。今回はフランクフルトから帰ることに。

メッスから深夜1時発のバスで5時間半。しかも終点が空港だと思って安心しきってたらフランクフルトの駅に着いた。次来たバスに寝過ごしたから助けてっていって空港まで乗せて来てもらった。結局空港に着いたのが7時半。

それでもまだ待ち時間がたっぷり。12時過ぎの飛行機だからねぇ。
フランクフルトの空港は登録から24時間 free wifi なので、こうやってカウンター前のベンチに座ってのんびり待ってるわけです。

写真は途中通ったフランクフルト・ハーン空港で撮ったもの(屋外)と、今いるフランクフルト空港ので撮ったもの。ものぐさなので、ベンチから立ち上がることすらせずに撮った写真です。

2014/11/22

通奏低音の思い出

ブログのレイアウトを変えてみた。考えてみれば左側から右側に向けて操作の流れがあったほうが自然なわけで、この方が操作性は上だと思うのだけど何か落ち着かない。慣れのせいもあるはずなので、しばらくしてやっぱりしっくりこなければまた元に戻そう・・・

一昨日書いた、というか見つけてきて速報した初期バロック17世紀初頭の通奏低音リアライズ手稿譜発見のニュース記事は予想通り反響が大きかった。反響というか、このブログの中では閲覧数が飛びぬけてます。まあそれもそうですよね、当時の人間の手による実践に直結する類の新発見だなんてエキサイティング過ぎますもの:)

通奏低音というと初めて受けたレッスンを思い出します。日本の大学から古楽科だったので入試に通奏低音の初見試奏があるんですよね。今もあるんだろうか?それで当然レッスンに行くわけですが、古楽科に行くのを決めたのが凄く遅かったので高校3年の11月とかになって、元々存じ上げていたチェンバロの先生に相談したら今すぐ来なさいと言われて慌ててレッスンを受けに行ったのです。
チェンバロに触るのが初めてってわけでもなかったのに、ガッチガチに緊張してしまって、鍵盤に乗せた手が震えてカチャカチャ雑音を立てる始末でした(笑 笛だと舞台でも緊張しないほうだし、それ以後のレッスンもそんなに緊張することはなかったのだけど、どうしてあの時だけあんなに緊張したのだろうと今でも不思議です。

なんだかひとつ思い出したら、芋づる式になにやら色々思い出してきたのだけど、書こうとすると中々うまくまとまらないですね(笑
思い出話は1回1つにしておきましょうか。今回はこの辺で:)


2014/11/21

solfatio: 中世のソルミゼーションに関する覚書

「中世のソルミゼーション」というのは、実は正しい言い方ではないのかもしれない。Jacques de Liege (Jacobus Leodiensis) を始め14世紀の理論家は solmisation ではなく solfatio という語を使っている。そして solfatio がルネサンスに入って solmisation に呼称が変化したという指摘もある。実際14世紀にsolmisationという用語を使っている理論書はほとんどない。またその実践における実相はルネサンスのものとは異なる部分が大きいように思われる。

しかしここでは solfatio / solmisation における雑多な情報を羅列していこうと思うのだが、この2つの単語を使い分けようとすると、文章を書く作業がとんでもなく煩雑になる。そこで基本的にはソルミゼーションに統一して記述して、必要があれば分けて書こうと思う。

2014/11/20

17世紀初頭の通奏低音リアライズ手稿譜

17世紀初頭の鍵盤楽器による伴奏の当時の手書きリアライズが発見されました。

http://www.earlymusicsources.com/home/basso-continuo-sources/realizations/carlo

リンク先からFacsimileを入手するページに飛ぶことができます。

見つけて速報しているので特にこれ以上書くことないです(笑


ラベル整理

そういえばブログの右側のサイドバーに記事のラベル一覧を置いてみた。ようは記事数が増えてきたので、というか言い換えるとどんな記事をいつ書いたのか、覚えておくには私の脳みその容量が足りなくなってきたので、まだ大して手間の掛からない記事数の内に整理したというわけです。

ラベルを貼ってみて分かったのだが、なんというか、取り扱ってる題材の範囲が狭い(笑
なにかもっと色々なことについて書いたほうが面白いのだろうけど、そんな書くようなネタがポコポコ沸いて出てくるわけもなく、結局狭い範囲の話題ばかりになってしまいますね。まあとりあえず少しは記事が整理されたはず:)

2014/11/19

音を分類する: Johannes Ciconia, Nova Musica

15世紀初期、少なくとも1410年までには書かれたといわれる Johannes Ciconia の著書 Nova Musica には音の分類という項がある。特に何かすごいことが書いてあるわけではないのだが、とても好きな項だ(第1論文第11項)。なんというか、とてもかわいいので、まとめをおいておこうと思う。

全ての音は明瞭なものと不明瞭なものに分類できる。明瞭なものとは理解ができるもので不明瞭とはその反対。そしてこの分類の下にさらに、記述できるものと記述できないものという分類があり、この2つの分類を組み合わせて合計4つの分類が出来上がる。

天気がいい日を懐かしむ

ぜーんぜん天気が良くならないわけだけど、携帯電話の中に天気がいいときの写真が入っていたので気晴らしに貼ってみる。



まあようは外と中です。これはMetzという街のカテドラル。ステンドグラスが本当に美しいカテドラルです。中に入ると巨大で繊細な硝子細工の箱の中に入ったような気分になります。ちょっと調べてみたらステンドグラスの総面積が6,500㎡だそうです。カテドラルのサイトに行ってみると色々見られます(ココ)。

気になった人もいるかと思うけれど、このカテドラルは外から見るとなんとなく黄色っぽいです。これは使用されている石材の色です。Metzの街ではこの色の建物がたくさん見かけます。もともと近くの採掘場から産出される石の色がこの色だったのか、それとも何かしらの理由で歴史的にこの色を好んで使っていたのか私には分かりません。でも特徴的な色で私は好きです。



2014/11/18

sesquiなんちゃら

中世後期の音楽理論書を読んでいると協和音程と不協和音程とは何か、という論述に出会うことが多い。しかも、その説明にかなりの紙面を割いている場合も珍しくない。最近よく例に出しているMarchetto da PadovaのLucidariumなどもその1例だ。音程に関してそれぞれに名前をつけて、その名前の由来、なぜそれが協和音程なのかを事細かに説明していく。正直、読んでて眠くなることがないわけでもない。いや、実際眠くなる(笑

とりあえず読んでいくと結局、協和音程が協和音程足りえるとする最も確固たる理論的土台は数比ということになる。しかしこの数比を表すのにも彼らはそれ用の用語を使ってくる。慣れないと混乱するのだが、実は法則は簡単です。

2014/11/16

書き慣れないtwitter

twitterも一応見たり書いたりしている。のだけど、ほとんど書かない。
Facebookへの投稿は自動でtwitterに投稿されるようにしてあるから、Facebookに書き込んだ「blogupした」とかその程度のことは自動で書き込まれるのだけど、「twitter向けで」何か書くっていうのはほとんどしてない。

なにしろ書き込める文章が短すぎるのよね。それが最大の利点でだからこそ流行ったのは分かってるんだけど、私の文章の書き方だとどうしても140字に収まらない。特に面白そうな議論をしてるのを見かけたときとか、少なくとも1回は何か書こうとしてみるんだけど、半分もいかないうちに字数制限越えちゃうのよね(笑

たまに長い文章を小分けにしてすごい数のtweetを投下してる方もいるけど、私の場合はそういう長い文章はこのblogで書けばいいやって感じになってしまう。いやはや使い慣れないせいで、まず使いどころがまだ分かっていないのだわ。

ところで、昨日このブログの1日のPV(ページビュー)が新記録だった。対位法譜例とソルミゼーションの記事がPVを稼いでくれたようです。閲覧してくれた方はありがとうございます:)
ですが先に白状しておくと、そんなにいっぱいネタのストックはありません(笑
次の真面目な記事はいつになるかしら(笑


2014/11/15

リコーダー吹きの憂鬱

リコーダー吹きなのでリコーダーを練習する。
この時、練習を始める前の段階でリコーダー吹きにとって憂鬱な瞬間がある。

1つはいくら管を廻しても上部管・中部管・足部管が指と口にしっくり来ない憂鬱。どうがんばっても右手の小指がしっくり来ない。これは口に当ててる上部管の角度のせいで全体のバランスが悪く感じられるのか、と思って廻してみると、右手の小指はしっくりきたが今度は口か左手またはその両方がしっくり来ない。あれ、おかしい、と思って元に戻そうとすると今度は管同士の滑りが悪くて微調整ができない・・・という無限のスパイラルに陥っていく可能性に怯えねばならない。

もう1つはブロックがぴったりはまらない憂鬱。練習を始めようとまずブロックを頭部管に入れるのだが、中々定位置に付いてくれない。中に入りすぎたり外に出すぎたり。しかも唇に触れているので、微細なズレが気になってしょうがない。もともと滑りがいいようにはできていない部分なので、中に入りすぎた、外に出すぎた・・・とこれも無限のスパイラルに陥りがち。

この2つの憂鬱を乗り越えられる強靭な精神力を持つ者だけが、初めて練習にたどり着くことができる。

なんとも難儀な楽器だ。




2014/11/14

ソルミゼーションとフィクタ

ソルミゼーションとフィクタについて少し。

少し前にProsdocimusの1412年の対位法の譜例について少し書きましたが(ココ)、臨時記号、まあここでは musica ficta と呼びましょうか、がかなり頻繁にしかも大胆に使用されているのが分かります。これは1317-8年に書かれたMarchetto da Padova の Lucidariumでも同様です。Prosdocimusの譜例のように長いものはありませんが、Lucidariumにも「次の音程に近くなるようにする」という定理は示されていて、その譜例は半音階や増4度の跳躍を含みます。

このことは中世末期におけるソルミゼーションが、かなりの柔軟性を持って使用されていたことを示しているように思えます。言い換えるとソルミゼーションの中でFictaを寛容に許容していたといえるのではないだろうか。

2014/11/13

blog記事編集tips

超真面目な記事を書こうとしたら、なんだか面倒になったのでだらだらと他のことを書くことにした。

このblog自体はもう大分前からあるのだけど、更新をし始めたのはつい最近。でまあ、何か書くときに一応だけど見易かったり使い易かったりできればなと思ってるのだけど、具体的には動画を貼る時にはリンクから飛んでくださいじゃなくて、記事に動画を埋め込むとかそういうこと。ただ、今日は外部に飛ばすリンクがたくさんです(笑

このblogはbloggerが提供してるんだけど、選んだ理由は単純にgoogleと提携しててgmailの画面から直接飛べるからってだけなのよね(笑
で、bloggerのblogは例えばページのデザインとかって、いわゆるテンプレートがあってそこから選べるんだけど、ちょっとそれに変更を加えようと思うと HTML をいじらないといけない。これは外部サイトの動画を埋め込んだりするときも同じ、記事の HTML をいじらないといけない。

HTMLってのはブログの表示内容とかそういうのをコンピューターが分かる言語にしたものとでも言えばいいのかしら、私もよく分かりません(笑

ようはこういう奴のことです。さっぱり分かりません。

がしかし、超文系の私でも何とかこういうのをいじれるように、こういうコードをコピペすればいいだけのサイトというのがいくつかあって、私が見て分かりやすかったところをいくつか紹介。

2014/11/12

雨続き

今手元にある楽譜・資料が少なくてストレスがたまる。
あれ、どうだったっけ。というときにすぐ調べ物ができない。あの曲のあの小節を写本と見比べたいとかそういう欲求が溜まっていく・・・
で、分かる範囲で何か書こうとするととてつもなくストライクゾーンが狭い記事になるわけです。昨日みたいに(笑
あんなん誰が読むんだろ?って思いながら書いてました。ほとんどMP3をblogに埋め込む練習ですよ(笑 埋め込みには成功したけどなんだか重たいのよね。ホストに使ってるサーバーが悪いのかしら。とはいえ色々試すのも結構手間かかるのよねぇ。

最近ずっと天気が悪くて嫌になってしまう。雨が降らなくても曇ってばかりだ。実際雨もすぐ降るしね。暗くて気が滅入ってくる。最近1日だけ急に天気が良かった日があったんだけど、部屋で作業しながら「これ終わったら外出よう、これ終わったら外出よう」って思って色々片付けてるうちにいつの間にか暗くなってしまった。もう夏時間じゃないから、早めに外に出ないとすぐ暗くなってしまう。

今も窓を開けたら雨降ってた・・・




2014/11/11

中世対位法譜例: Prosdocimus de Beldomandis

Prosdocimus de Beldomandisという人物が1412年に書いた Contrapunctus という理論書は題名の通り対位法について書かれた本だ。この本は最後に譜例が付いてくるという、なんとも付録で買わせる週刊誌的な理論書だ。というのは冗談。この譜例が興味深い。



音楽史の授業などでも紹介されることがあるので、もしかしたら見たことがある人は多いのかもしれない。実際に鳴らしてみるとこんな感じになる。

2014/11/10

記事を折りたたんですっきり。~~国の音楽

昨日おもしろ鍵盤楽器の写真をただダラダラ並べただけの記事を書いたのだけど(まあもちろん並べただけだから、書いたともいえない代物)、blogのtop pageに行く度に画像を持ってくるのに時間が掛かるのか、やたら重い!

というわけで、長い記事とか写真が多い記事(そんなのこの先あるのか知らないけど)は折りたたみ方式を導入。これですっきり:) 続きを読もうとすると有料です!なんてことにはならないのでご安心を。

そういえばtwitterで既に書いたけど、音楽の話をするときに「どこどこの国の音楽」って分類はとっても便利。でもその国の名前から現代の私たちが想像する国や地域と、話題の対象となっている時代では状況が大きく異なっている場合があるということには常に気を配らないといけないと思う。

例えば中世後期のリュジニャン王家支配下のキプロス島は地中海の東端に位置しながらフランス文化圏だった。
スペインは文化的な要素がダイナミックに変動してきた地域だから、それぞれの時代・地理的な状況を単純な「スペイン」という言葉からは想像するのはすごく難しい。
イタリアは伝統的に都市が文化の一単位として強い力を持っているし、それぞれに特色がある。中世後期なら例えばミラノとフィレンツェを同じ次元では話せない。

これはルネサンスやバロックでも同じことじゃないかしら。薮蛇にならないように例は出さないけど(笑



2014/11/09

The wonderful keyboard world

お茶を飲みながら集めた素晴らしき鍵盤の世界。

分割したい


もっと分割したい: Quarter-tone piano

思い出話

以前大学で好意を寄せていた年上の女性に電話番号をもらったときに、その方は東京の人だったのだけど、電話番号の最初の03を付けずに渡された。自分の電話番号を渡すときは必ず頭に埼玉の04を付ける習慣がついていた私は、ああこの人とは住む世界が違うのねと思い諦めたのだった。

特に東京に遊びに行きたいとかそういうタイプじゃないので、驚くほど東京の地理が分からない。何々通りって言われてもさっぱりだし、何々区といわれても配置が全然ピンとこない。大学に通っていたときは上野とリコーダー製作家さまの工房とルーテルのある新大久保、タワレコが駅の東南口の目の前にあった新宿、それと近江楽堂のある初台、ギタルラのある目白、後はギンレイホール、それ以外は全くといっていいほど出向かなかった。それも駅と目的地の間しか分からないという有様で、毎日乗り換えをする池袋で大抵の用事は済ませてしまっていた。

2014/11/08

カンティガ / トレド写本pdf

聖母マリアのカンティガ集というのは13世紀にスペインで編纂された聖母マリアを称える歌を集めた曲集。

現在このレパートリーを伝えているのは4つの写本だが、その中の1つであるトレド写本はpdfでまとめてダウンロードできる。超最高画質というわけではないがプリントアウトして十分使用に耐える解像度。ただしリンク先の解説文には情報の混乱が見られるので注意。

http://www.wdl.org/en/item/7327/ (左上の画像直下のPDFというのがリンク)

中世、中世音楽に興味が無くても単純に眺めるだけでも楽しいし美しい。



うろ覚え9世

今日やらなくちゃいけないことをリストアップしたらなんだか8項目くらいあった。
え!?なんでだ!?
まあ「ブログを書く」なんてのもリストに入れてるからなんだけどね(笑
活用しようと思ってなるべく更新してるけど、まだ書き慣れなくて中々筆が進まない。写真を撮って回るような習慣も無いからネタもすぐなくなってしまう。慣れたら10分くらいでスラスラと面白い記事が書けるようになったりするのかしら。

昨日の夜、ジャン・ド・ジョアンヴィル (1224-1317, wikipedia)が記したルイ9世の生涯に関する本について知人と話した。といっても中に出てくるエピソードを引っ張り出してきてそれを肴に酒を飲んでただけで(しかも双方うろ覚え)、何かまじめな討論をしたってわけじゃない(笑
ジョアンヴィルはルイ9世の重臣で十字軍にも同行した人物、この本には等身大のルイ9世が描かれている。なんというか、とても親近感の沸く歴史の本だ。

ちくま学芸文庫から全訳が出ていて(本データ-筑摩書房)、13世紀から14世紀初頭に興味がある人なら絶対に面白いはず。巻末に結構ボリュームのある当時の時代背景の解説も付いていて、これもまた面白い。西欧だけではなくもっと東側のことも背景として説明されていて、視野の広い全体的なダイナミズムがある。
でも筑摩にも在庫が無くてJunkuにも在庫なし、Amazonに出品されてるけど定価よりも高い。これは、この間の薔薇物語と一緒で実質絶版ということか。

うーむ・・・中世に関する本は需要が低いのかしら。。。



2014/11/06

コメント欄と写本

blogのコメント入力欄が真っ白であまりにもブログのデザインと合ってなかったので、「コメントを投稿」をクリックして入力windowを出す方式に変えた。全体的に暗いのだから入力欄も暗くしたかったのだけど無理だった。
投稿されたコメントを表示するスペースのデザインは変えられるのだけれど、なぜ入力欄だけ変えられないんだろう・・・

14世紀から15世紀初頭に掛けて中世末期の音楽写本は、特にクオリティの高いものは視覚的に優美であると同時にある種の険しさを備えている。符尾はあくまで垂直だし、音符は美しい縦長の平行四辺形を保ち、しかもそれに乱れがない。その向こうに眠っている流麗な音楽の流れや揺らぎを、押し隠しているような印象すら受けることがある。

今取り扱っているOxford, Canon.213 写本はそれとは印象が異なっている。写本に音符を書き込んでいた人物が楽しそうにしている顔が目に浮かぶようだ。高速で流れていく頭の中に鳴っている旋律、もしかしたら鼻歌を歌っていたかもしれない、その速度に音符を書くのが追いつかないという印象すら与えることがある。ここノッて書いてるんだろうな、とか全く学術的でないただの感覚に過ぎないのだが、そういう想像を働かせることが楽しいということは誰も否定できまい。




2014/11/05

理論のお勉強

中世に限らずどの時代にも色んな理論書があって、色々なルールやらなんやらかんやらがたくさん書いてある。そういうのを学ぶときに前提として心得ておかねばならないのは、常にそれを打ち壊してきたのが音楽史だということ。

理論を学ぶというのはそれに縛られるということではなく、逆にそれがどのように回避されたのか、当時の人々がどんな抜け穴を見出したのか、どうやってそういった規則の外に踏み出していったのかその足跡を辿るということだ。そこにこそ既存の枠にとらわれずそれを打ち壊そうとする、それぞれの時代の音楽家達の苦悩と挑戦が詰め込まれてるはず。

そう考えれば理論のお勉強は当時の音楽に漲っていた情熱が一体なにを支点にしどこに力点を置いていたのか、そしてそれが如何なる作用点を見出していったのかを自然に導き出してくれるし、少なくともお勉強がちょっと楽しくなる(笑



本の作り方

Facebookで活版印刷本の製作動画をシェアしたのだけど、写本製作の動画とまとめて並べておくというのも悪くないと思ったのでこちらで。


写本


活版印刷




2014/11/03

写本, codex, codice,,,,

先日Facebookで写本について質問された。

中世音楽に触れようとすると、例えばほとんどのファクシミリに一緒についてくる解説には必ずといっていいほど写本学的な研究が含まれる。それが文章だけでなく図によって示されていたりすると、「V」の字を重ねていったように表現されていたり、「コ」の字を左右逆さにした図()によって示されたりしている。最初に見たときは何だろうと面食らうのも仕方ないし、図の見方が分からないと解説を読んでもますます分からなくなる。

それに写本はページの数え方も今のものとは違うし、folioだのbifolioだのrectoだの...と色々専門用語が出てくるくせに日本語で調べようと思っても、例えばグーグルとかでも全然ヒットしない。最初は混乱してしまう。私に質問して来てくれた方もお困りの様子だったので、最初の取っ掛かりになるビデオを紹介した。

本当に取っ掛かりの部分だけだし、この後ろにこそ本当に膨大な研究と知識がもちろんあるのだけど、何かのきっかけになるかもしれないと思ってここでも共有。


それと写本学用語を英語、イタリア語、フランス語、スペイン語に相互翻訳してくれるサイトも合わせて載せておきます。右上で調べたいと思っている用語が何語かを選択した後にその用語を調べると、左側に他言語での翻訳が表示されます。




2014/11/01

デスクトップ整理とアレンジ

しばらく、というかかなり長いことデスクトップの整理をしていなかったので、気が付けばえらいことになっていた。ごちゃごちゃしたデスクトップは使っててストレスが溜まる。使ってないけど捨てる気のないものは分類し、もう使わないものはささっと捨てた。

それで当然すっきりはするのだけれど、久しぶりに掃除してるわけだし勢いに任せてもう少し手を加えることにした。まあここから先は効率とかそういうの重視じゃなくて半分以上遊び。

まず私がメインに使うのは画面の大きさに関わらず大体左側8割でそこでやりたい作業だったりchromeだったりを出しておいて、適宜必要なウィンドウを画面右側に出すという使い方をしている。意識してそういうわけではなくて、いつの間にかなんとなくそうなっている。なので右側2割を使っていない時間が多いということになる。
逆に左側にはスタートボタンがあって作業領域とかぶってちょっと鬱陶しいと思っていた。
なので今回は余ってる右側を活用してみることにした。

具体的にはまず案外自分が普段使うソフトって少ないので、それをまとめて格納して右側に配置。あとは時計、カレンダー、音楽プレーヤーとビジュアライザを配置することにする。といっても、そういうウィンドウ群を新たに作ってもただ鬱陶しいだけなのでそうならないようにソフトを使ってみる。

まずプログラムを格納するドック。Mac使ってる人には逆にお馴染みのものに近い。
http://rocketdock.com/
以前使ったことがあるけど、スキンに凝りすぎると逆に使いにくいので普通のアイコンを使う。普段使うソフトとフォルダーを入れとくと、スタートメニューを使う頻度がガクッと減る。

時計、カレンダー、ビジュアライザを設置するためのベースになるプログラム。
http://rainmeter.net/
これを入れると後は好きなパーツを集めてきてそれを配置してけば好きなデスクトップが作れるというわけ。

カレンダーとプレイヤー
http://enigma.kaelri.com/

ビジュアライザ
http://rabra.deviantart.com/art/Kantas-Akra-479898554

時計
http://customize.org/rainmeter/skins/34408

これらを配置してwindowsのタスクバーを上に持っていって自動で消えるようにする。ドックを右下に配置して、これも使わないときは勝手に消えるように、近くにマウスを持ってくと出現するようにする。

こんなもんかなという感じになったら、プレイヤーは位置を固定して操作のみ受け付けるようにして、残りはこれ以上操作ができないようにクリックに反応しないようにする。そうじゃないと置いてあるオブジェクトをクリックしたらそれが動いてしまったり、右クリックすると設定画面が出てきたりで使えたものではなくなってしまう。

できあがり。きれいさっぱり:)

windows vista


Les Très Riches Heures du Duc de Berry / 11月

11月になったのでLes Très Riches Heures du Duc de Berryから11月のページをリンク。
http://www.christusrex.org/www2/berry/f11v.html

森の向こうに透かして描かれた背景の美しいこと。

豚の詳細画像を見ると分かるけど、どんぐりを食べてる。しかもこの豚たち、白豚じゃなくて色の黒い黒豚です。絵の題材はスペインじゃないけど、条件的には今のスペイン特産高級生ハムであるハモン・デ・ベリョタと同じです(笑 さぞかし旨かったに違いない、のかな?(笑